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赤道ギニア
赤道ギニア(せきどうギニア、Equatorial Guinea)は正式名称赤道ギニア共和国 (República de Guinea Ecuatorial) であり赤道直下のギニア湾に浮かぶビオコ島、アンノボン島、および大陸部のムビニ(リオムニ)とエロベイ・グランデ島及びエロベイ・チコ島を併せたエロベイ諸島から成る国。ムビニは、カメルーン、ガボンに隣接する。高温多湿の熱帯性気候。首都であるマラボはビオコ島にある。
大陸部分を領有していて、首都が島にある国はとても珍しい(デンマークと赤道ギニアのみ)。 国名
正式名称はスペイン語でRepública de Guinea Ecuatorial(レプブリカ・デ・ギネア・エクアトリアル)、フランス語でRépublique de Guinée Équatoriale(レピュブリーク・ドゥ・ギネ・エクアトリヤル)。公式の英語表記は、Republic of Equatorial Guinea(リパブリック・オヴ・エクワトーリアル・ギニー)。日本語表記は、正式名称赤道ギニア共和国、通称赤道ギニア。なお、その通称とは裏腹に、赤道上に領土を持っていない。 歴史
15世紀にポルトガル人がビオコ島に上陸、ポルトガル領とされたが、1778年にポルトガルはブラジルの領有権を認めてもらうことと引き替えにスペインに割譲。以降奴隷貿易の中継地となった。1968年10月12日、マシアス・ンゲマ(以下マシアス)を大統領とし独立。ソ連圏と緊密な関係を維持。マシアスは1970年に政党活動を禁止し、1972年には終身大統領を宣言、1973年大統領への絶対権力の集中を定めた憲法を採択、独裁体制を固めた。1979年8月マシアスの甥のテオドロ・オビアン・ンゲマ中佐(以下ンゲマ)がクーデター、マシアスを処刑して大統領に就任、軍事政権を敷いた。1982年に民政移管などを定めた新憲法を採択したが、クーデター未遂がたびたび発生。1987年、ンゲマ大統領の一党独裁の政権党として赤道ギニア民主党(以下PDGE)結成。1989年ンゲマ大統領3選。民主化を要求するスペイン、フランス、米国の圧力を受け1991年11月、複数政党制を認めた新憲法が国民投票で承認されたが、大統領の免責規定などに野党勢力は反発。1993年の総選挙は野党の大半がボイコットする中、PDGEが大勝。1996年2月の大統領選も野党はボイコットし、ンゲマ大統領が得票率99%で4選。1997年6月、政府は最大野党赤道ギニア進歩党のセベロ・モトヌサ党首に武器密輸容疑をかけ、進歩党の政治活動を禁止。モトヌサはスペインに亡命。裁判所は8月、国家反逆罪でモトヌサに懲役101年の判決。1999年3月の総選挙でPDGEが80議席中75議席を獲得。残り4議席を人民同盟、1議席を社会民主連合が獲得。11月に進歩党など6つの反政府野党が民主化促進を掲げ、野党連合である民主野党戦線を結成。2002年12月の大統領選で野党4候補がボイコットし、ンゲマ大統領が得票率97.1%で5選。現在、ンゲマ大統領とPDGEによる強権支配が続く。 政治
赤道ギニアは共和制・大統領制を採用する立憲国家である。国家元首である大統領は国民による直接選挙で選出され、任期は7年と長く、また再選制限がない。大統領は強大な権力を憲法により保障されている。内閣に相当する閣僚評議会のメンバーを任命・罷免し、法令制定権、議会の解散権、軍の統帥権や条約の調印権などを持つ。
閣僚評議会は首相、数名の副首相、および閣僚で構成されるが、実際の行政権は大統領が行使し、閣僚評議会はその執行機関に過ぎない。よってその権力は極めて小さく、大統領の補佐機関であるといえる。
また、政府の一機関として国家評議会が置かれている。これは大統領が死亡、もしくは職務続行不可能な状況に陥った場合、その職務を一時的に代行することを主目的とした機関である。国家評議会議員は大統領、首相、国防相、人民代表院(後述)議長、および社会経済評議会(社会・経済問題に関する大統領の諮問機関)議長で構成される。議会は一院制の人民代表院(スペイン語でCamara de Representantes del Pueblo)で、定数は元来80であったが、2004年より100議席に増えた。議員は任期5年で、国民の直接選挙により選出される。主要政党には赤道ギニア民主党(PDGE)がある。PDGEは旧独裁政党で、現行憲法により複数政党制が承認されてからも、議会内で圧倒的多数を占める支配政党である。野党は存在するが、いずれもPDGEにより活動が著しく制限されており、最大野党の赤道ギニア進歩党にいたっては活動禁止状態となっている。国内で現在活動する最大野党は社会民主連合。
地方行政区分
赤道ギニアは7県に分けられている。( )内は県庁所在地。
南ビオコ県 (ルバ)
中南部県 (エヴィナヨン)
キエンテム県 (エベビイン)
ウェレンザス県 (モンゴモ) 地理
ビオコ島と大陸のムビニ、そして付近にあるアンノボン島など周囲の島々からなる。カメルーンの西56Km、ムビニの北西約259Kmに位置する、ビオコ島は火山島で最高地点は標高3008mのマラボ山である。アンノボン島も火山島でビオコ島の南西686Kmに位置する。ムビニは北をカメルーン、東と南をガボン、西をギニア湾(大西洋)に接している。
標高の低い丘陖が多く、1本のい河川を除いて大陸台地である。最高地点でも隣国ガボンに続くシエラクリスタル山脈にあるミトラ山(1200m)。標高の低い丘陵が多いが、未開の熱帯雨林が続く。海岸はマングローブの森である。気候は赤道直下の熱帯気候の多湿多温で、年間降雨も多い。コリスコ島とエロベイ諸島はビオコ島の南西海岸からは見えず、ガボンの近くにある。赤道ギニアの総面積28051Km²のうち、 ビオコ島(2017Km²)とアンノボン島(17km²)の総面積が2034Km²である。ムビニ(26,000Km²)とコリスコ島、エロベイ・グランデ島とエロベイ・チコ島からなるエロベイ諸島(17Km²)の総面積で26,017Km²である。なおコリスコ島については領有権の争いがある。その他にも領有権の争いがある島があるものと見られる。
経済
国民
住民は、ほとんどがバンツー系である。一番多いのは大陸のムビニのファン族で80%、ブビ族は15%で、ビオコ島に住む。ビオコ島の住民のほとんどはブビ族だが、他に、少数だがフェルナンディノと呼ばれるクレオールやヨーロッパ人もいる。長くスペインの植民地だったので、言語は、スペイン語が公用語であるが、第二公用語としてフランス語も導入している。現地語であるファン語やブビ語は主要言語である。宗教は、大部分がキリスト教でローマ・カトリックが最も多い。 文化
その他
同国出身の有名人
関連項目
外部リンク
公式
政府公式サイト その他
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