大黒摩季
大黒 摩季(おおぐろ まき、1969年12月31日 - )は、北海道札幌市中央区出身のシンガーソングライター。サニーサイドアップ所属。藤女子高等学校卒業。実家は札幌キムラヤ(製パン業)。概要・人物
発表した多くの楽曲の中で「恋愛における人間(特に女性)の本音」を見事に歌い上げており、近年は特に女性ファンが多い。
マニッシュな歌唱スタイル・ファッションと、 ロック色の強い曲構成とは裏腹に、献身的・自己犠牲的とも取れる女性の繊細な心理を歌い上げる絶妙なバランスが評価を得ており、男女ともにファン層は厚い。
プロポーズをされた時は即答せず返事を保留し、その後のデート中に「年貢の納め時かな」と呟いた大黒に「年貢はね、蔵が開いているうちに納めないと、ただの古米になりますから」と返された言葉に「ヤルな!」と感動し結婚を決意したという。
1並びとなる11月11日11時11分に区役所に婚姻届けを提出しようとしたが、2人とも寝坊してしまい同日の午後1時11分に提出した。
結婚報告の際に夫を「音楽業界とはほど遠い世界に住み、飾り気のないスーツを着た王子様」と称した。 来歴
1989年にオーディション(第3回BADオーディション)に合格。その後、B'z、ZARD、TUBE、松本孝弘、T-BOLAN、DEEN、織田哲郎などのビーイング系アーティストのコーラスを担当する。1990年には安宅美春(後にKIX-Sを結成)のギターソロアルバム「孤独のRUNAWAY」にゲストボーカルとして参加し(当時の表記は大黒摩紀)、山下久美子の「WHY?」「LOVE & PEACE」「BIBBIDI,BOBBIDI,BOO」をカバーしている。1991年にCM NETWORKの一員として「GO!GO!貴花田」という曲を歌っている。歌手デビューが中々できなかったために、会社を辞めてアメリカへ旅に出たことがある。その後、社長から滞在先に電話をかけられ、歌手デビューの話が進んでいたため帰国する。1992年、『STOP MOTION』でデビュー。2ndシングル『DA・KA・RA』がミリオンヒットを記録し、日本レコード大賞「新人賞」受賞。以降、 『チョット』、『あなただけ見つめてる』、『夏が来る』、『ら・ら・ら』、『熱くなれ』等のヒット曲を出す。デビュー後数年は露出を控え、メディア出演やライブ活動をすることはなかった。そのため、「大黒摩季は歌手担当、写真で顔を出すモデル担当、作詞・作曲担当とそれぞれ三人いる」、「大黒摩季はコンピューターで作られたもので、本人は実在しない」という都市伝説まで存在した(同様にZARDのボーカリスト・坂井泉水や小松未歩の存在が挙げられる)。数少ないテレビ出演としては、デビュー前の1992年5月17日にフジテレビ「ミュージックフェア」において、テレビ初出演をしている。B'zと近藤房之助、坪倉唯子が昔の名曲を歌う企画のコーラス参加だが、歌う前に大黒はB'zらと横一線に並び、司会に名前を紹介されていた。また1996年に『熱くなれ』がNHKのアトランタオリンピック中継テーマソングとなった関係から、同局の『サンデースポーツ』に出演しインタビューに答えているほか、1996年6月1日には当時ビーイングがスポンサーについていたテレビ番組「ROX」(関西テレビ)の第一回で特集され、アマチュア時代の思い出を語るなどインタビューに応じている。知名度が出てきた後で、初めて本格的にファンの前に直接姿を現したのは初のソロライブ『LIVE NATURE#0~Nice to meet you~』であった。1997年8月1日にレインボースクエア有明特設ステージで4万7000人を観客の前で行われ、このライブの一部は「ミュージックステーション」で生中継された。以降、全国ツアーを開催する。実はその前にもステージに立ち姿を現していたことがある。1990年5月に横浜バードで行われた近藤房之助と小島良喜のライブにゲストボーカルとして参加。1996年2月と3月には大阪・心斎橋にあるグランカフェで行われていたサンデーブルースLIVEクンチョーのステージに飛び入りゲストとし参加している。その他にも「大黒摩季」個人として、1996年9月21、22日に札幌で行われた「ゆうあいピック北海道大会」に、大会テーマソングとして当時は未発表だった「風になれ」(のちにアルバム「POWER OF DREAMS」収録)を提供した縁で、大会閉幕後に選手や大会役員、スタッフなどを招いて行われた後夜祭にサプライズ登場しミニLIVEを行ったことがある。1999年、全国ツアー『LIVE NATURE #3』を開催。夏にはツアーファイナルとなるスペシャルライブを千葉マリンスタジアムで敢行。12月31日に奈良・東大寺で開催されたカウントダウンライブで充電休養を宣言。2001年にはビーイングを脱退し古巣であった東芝EMIにレコード会社を移籍して活動再開(その結果、ビーイング側のCDで、作詞に「ビーイングスタッフ」と付けられてしまった)。8月8日に復帰第一弾シングル『虹ヲコエテ』を発表。2003年、アルバム『RHYTHM BLACK』を引っさげて、全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.3』を開催。11月11日、友人の紹介で知り合った会社員と入籍。初対面の際、男性は大黒のことを知らず、「アーティスト?画家ですか」と答えたと大黒は語っている。2004年、武部聡志、土屋公平、真矢、恩田快人らとコピーバンド“大黒摩季とフレンズ”を結成。80年代の名曲をコピーしたアルバム『COPY BAND GENERATION VOL.1』を発表。シングル『ASAHI~SHINE&GROOVE~』がアテネ五輪ホッケー女子日本代表オフィシャルサポートソングに起用される。この曲は大黒が偶然見ていたテレビ番組に出演していたホッケー女子日本代表の選手が話していた女子ホッケーの現状を聞き、自分の下積み時代の姿と重なり何か出来ないかと思い作られたもの。出来上がった時には代表チームの合宿地へ訪問して聴いてもらったとのこと。2005年、2年ぶりの新作『HAPPINESS』を発表し、7月15日より全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.4』を開催。12月には初となる日本武道館単独ライブを行う。同31日、ナガシマスパーランド(三重県)にてカウントダウンライブを行なう。2006年、初のバラードシングル『胡蝶の夢』がCX系昼ドラ「新・風のロンド」主題歌に起用される。3月にはバラードベストアルバム『weep』を発表する。5月15日、ワールドカップ選手発表に伴って、FWに選出された大黒将志選手と巻誠一郎選手(二人合わせて大黒摩季(巻)だから)、友人の中田英寿選手にエールを送った。ちなみに大黒巻の共演は実現しなかった。10月20日より全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.5 〜デビュー15周年前倒し企画・わりと津々浦々お客様大感謝TOUR “ダイブ見せますMaki Best”+〜』を開催。2007年4月9日、北海道立校としては初の「中高一貫校」として誕生した登別明日(のぼりべつあけび)中等教育校の開校式にサプライズゲストとして登場。ノーギャラで作詞作曲を手がけた同校の校歌「明日(あけび)の空に」を生で披露し、新入生たちを驚かせた。
4月18日にシングル『コレデイイノ?!/恋の悪魔-She's no Angel-』を発表。『コレデイイノ?!』は前出の『Live BOMB!LEVEL.5』ツアーで披露され、観客と共に踊れる振り付けが施されており楽しめるナンバーになっている。大黒曰く今時のイイ言葉はないかと考えて辿り着いたものが『コレデイイノ』と云う言葉であり、「これでいいの?」に「コレデイイノ!」と大黒流の背中を押すエールの言葉となっている。
5月24日、東京青年会議所と2016年東京オリンピックを望む学生の会が開催するイベント、「オリンピックを東京に2016!」にて、無料ライブを開催。オリンピックへの市民ムーブメントを盛り上げた。
5月25日、夕張市において2万本のサクラやモミジを植え、地域再生を図る「しあわせの桜ともみじ」プロジェクトがスタートし、同市内の石炭の歴史公園内で記念植樹会に参加。新曲「桜ごころ」を初披露した。同年5月27日に40歳の若さで亡くなったZARD・坂井泉水の6月26日の音楽葬に参列。その後大黒は記者陣に対して、終始泣き崩れながらも「心遣いが素敵な女性でした」等とコメントを語っていた。ビーイングスタッフ表記問題
大黒摩季は全ての楽曲を「大黒摩季」として作詞しているが、ビーイング離脱後の2001年にビーイングがリリースしたベストアルバム「BACK BEATs #2~Maki Ohguro & Staff Works~」で、作詞クレジットが「ビーイングスタッフ・大黒摩季」となっていた。なお、「BACK BEATs #2~Maki Ohguro & Staff Works~」はCDケースの裏に作詞クレジットが表記されており、買わなくても、「ビーイングスタッフ・大黒摩季」の作詞クレジットが確認できるようになっていた。それ以降、ビーイング離脱後で移籍先の東芝EMIからリリースされた曲は「大黒摩季」表記になっているが、ビーイングが出版する大黒摩季の関連CDの作詞には(東芝EMI移籍後に彼女がビーイング時代の曲を再録音した音源のものであっても)単体のまま「大黒摩季」と表記されないようになっている。ちなみに、「complete of 大黒摩季 at the BEING studio」では作詞・作曲のクレジットを一切表記しない方法を取った。また、ビーイング離脱後にビーイングがリリースしたMANISH「complete of MANISH at the BEING studio」の作詞クレジットは「大黒摩季」のままであったが、ビーイングのオムニバスアルバム「IT'S TV SHOW!」ではMANISHの作詞も「ビーイングスタッフ・大黒摩季」に変更されている。例えば、JASRACの音楽作品データベース検索サービスや、「音楽情報の総合ポータル・サイト」である「Music Forest」で、収録曲やアルバムを検索しても、作詞・作曲に「ビーイングスタッフ」の表記は無く、あくまで権利者・出版社としての立場である。このように考えれば、逆に嘘の表記を行っていることになり、ファンの多くが、このビーイングの作詞クレジットの不統一性を問題視している。 最近の歌について
活動休止前と休止後で、彼女の歌声には違いが生まれてしまっている。もとよりハスキー気味だった歌声は、以前よりかすれて高音部に伸びがなくなっており、現在、昔の歌を歌う際、キーを下げたり高音部をマイクを離すなどしてごまかして歌っている感がある。歌手生活における歌声の変化は、多くの歌手に現れる現象であり、また最もうまくいった演奏を使うCDと違い、コンサートなどで昔の歌を歌う場合はこのようなフェイクなどはよく行われるものであるが(例としてフレディ・マーキュリー)など、大黒の場合は10年以上の喉の酷使が原因ではないかとする見方もある。
このことは、Live@Million Artist Live 2007で昔の持ち歌である「チョット」を歌った際、最初からキーを下げているという事実からも強く伺える。 ディスコグラフィー シングル
その他のシングル
アルバム
オリジナルアルバム
:「戸惑いながら」、「Return To My Love」は栗林誠一郎による作曲。
:「PROMISE "I DO"」は宇多田ヒカルがコーラス参加。
:「DA DA DA」~「O」は全曲葉山たけし編曲。
:大黒摩季とフレンズ名義
ベストアルバム
非公認アルバム
DVD
LIVE BEATs! ~How Are You? I'm Fine!~ 2000/8/1
LIVE NATURE #0 ~Nice to meet you~完全収録版 2001/6/27
LIVE NATURE #2 ~BEST BEATs~ 2001/7/30
LIVE NATURE #3 SPECIAL ~Rain or Shine~ 2001/10/31
COPY BAND GENERATION LIVE VOL. 1(大黒摩季とフレンズ) 2004/9/29
著書
TWO HALF 1995/12/12
ありがとうなんて絶対言わない 1999/7/23
提供曲
作詞提供
MANISH「ロマン作戦Go!and Go!」「素顔のままkissしよう」「君へのメロディー」「君が欲しい 全部欲しい」「眠らない街に流されて」
作曲提供
作詞・作曲提供
SILK「STOP MOTION~永遠に~」(デビュー曲として後にセルフカヴァー)
コーラス参加
B'z「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」「裸足の女神」など
松本孝弘「#1090~Thousand Dreams~」(ミュージックステーションテーマソング)など
ZARD「IN MY ARMS TONIGHT」「負けないで」「君がいない」「揺れる想い」「Listen to me」「I'm in love」など
ZYYG,REV,ZARD&WANDS feat.長嶋茂雄「果てしない夢を」
中山美穂&WANDS「世界中の誰よりきっと」
ラジオ番組
「マイナスアルファ」東海ラジオ 1994年7月~9月
関連項目
外部リンク
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